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社会保障と国民経済 ~医療・介護の静かなる革命~【第3章】もつれた糸理論


 2018年4月に日本医師会から発表された医療政策会議報告書の平成28・29年度版「社会保障と国民経済 ~医療・介護の静かなる革命~」を読みました。

 前回、第3回目の記事はこちら。
 社会保障と国民経済 ~医療・介護の静かなる革命~【第2章】無邪気な(naive)誤り


 本当は報告書を読んでいただくほうが良いのですが、よほどのもの好きでなければ(笑)読み込むのはしんどいと思います。私による勝手な引用だけでもぜひ参考になりましたら幸いです。

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■第3章〔医療介護論〕 新しい生活保障の作法に向けて
 猪飼 周平一橋大学大学院 教授)

・①社会保障が立ち向かわなければならない最大の相手は、基本的には経済的困窮=貧困であること、②経済的困窮に対応する方法は、主に社会保険と公的扶助であること、③この方法によって生存権の保障が可能であること p25
・だがいうまでもなく、多くの人びとが直面する現実の生活困難は、経済的な困難に限られず、また所得や富の分配によって困難が解消するほど単純でもない p25
・「もつれた糸理論」(中略)サイクルを回すたびに、解けずにこんがらがる糸が出現しゴミ箱ゆきとなるわけだから、長期的にはすべての糸がゴミ箱にゆくことになることは容易に理解できる p25-26

・私たちの生活や人生は、常に綱渡りをしているようなもので、何かの拍子に生きてゆくことが難しくなってしまうリスクから解放されることはない、ということは認めてよいだろう p26
・長期的には、社会における生活困難は、より個別的かつより複雑な生活困難としてしか対応し得ない方向に向かってその様相を変化させてゆくことになる p27

・戦後日本の福祉国家システムが、単純な解釈・単純な対処法によって相対的に複雑な現象としての生活困難を処理しようとしたことで、今日の日本社会には、そのような作法による支援に対して「耐性」を有する複雑な生活困難が蓄積している、ということ p27
・支援から漏れている人びとは、単に貧しいのではなく、個別に生活を浮上させることが困難な複雑な事情を抱えつつ貧しい人びとだからである p28

・「寄り添い型」支援の重要性が現在日本において広く認知されていない(中略)寄り添う支援者の量的確保の問題(中略)いつでも問題として指摘されるのは、寄り添いに手間暇がかかるために他の当事者に振り向けるべきマンパワーが失われてしまうという点 p30

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 4番手の猪飼教授のことも存じ上げませんが、ものすごく響いてくる内容です。なんと1971年生まれというわけで、この分野では若いです。私と同じ40代というのも嬉しいです。

 支援の在り方とその変容が書かれています。極端には、昔の社会はお金さえ配ることができれば多くの困難を乗り越えることができた。でも今は(もちろん配り切れていない事実も残っているが)最低限は配れていることを前提として、配るということだけでは解決できない複雑な様相が多くなっているということです。

 ここを解決するのはサービス(寄り添い)なのでしょう。寄り添いで何よりも必要なものはマンパワー(人)です。特に福祉性を問うサービスの場合は質が問われるのが世の常かとは思いますが、分配(需要)の1つとして適正な対価を得られる人(雇用)を増やす、このことがこれからの社会保障であり経済にとって大事な話なのだと読み取りました。

 介護の人を増やす、医療の(医師をサポートする)人を増やす、教育の(教員をサポートする)人を増やす、保育の人を増やす、母子家庭を主としたひとり親世帯や保護者の特定できない子たちのサポートする人を増やすなどが思い浮かびます。この点はこのシリーズ後半の講演録にも出てきます。


 私は義務教育でまっとうな社会保障を学ぶ機会が必要だというスタンスです。

 <次回> 第4章〔国民経済と経済学〕 「頼り合える社会」の構想――すべてを失う前に…